2011 おもいで銀行 受賞者・作発表

おもいで銀行 お題「私の若狭路での思い出」  2011年度おもいで大賞

ペンネーム ボディガード 様(愛知県65才)

 10年以上介護をしていた100才の養父を見送り、一周忌を無事に終え、自分の時間を持つ事ができ、念願だった若狭路への旅を、自分へのご褒美と大義名分を立てて小浜へ足を踏み入れました。まず羽賀寺での十一面観音様に、亡き両親達への供養のお参りができ幸せでした。ふくよかで優しい笑みを浮かべた観音様から「両親達は幸せにあの世で暮らし、あなた達を見守ってくれていますよ」とお声を聴かせて頂いたようで心が暖まりました。 1200年以上の歴史を見つめてきた明通寺・三重の塔も、雪の白さがところどころ残っている山々の木々の中に凛としてたたずみ、気持ちがひきしまるようでした。そして今回の若狭路の旅のメインは「お水送り」見学でした。厳かさと激しさの祈りの交錯する神事に私達まで松明を持って参加できるなんて、素晴らしい思い出になりました。 歩く前方も後方も見てるのは炎の行列だけという美しい壮観な眺めでした。初参加で、知らない土地で、夜の神事でもあるしということで、あまり興味がなく乗り気でなかった主人がボディガードのつもりでついてきてくれたはずなのに、混雑した人込みではぐれてしまい不安だった私をよそに、ボディガードもせずに先頭グループで鵜の瀬の河原に降り、一番前で送水の儀式を感動の内に見とれていたと・・・腹が立つやらおかしいやらの貴重な思い出になりました。 帰りの電車で「又、ボディガードに雇いますから一緒に旅行しようネ!」と言うと、小さくなって「ウン」と答えていた楽しい旅を次へつなぎました。



特別賞 (7名様) ペンネーム オケイハン 様 (滋賀県 58才)

 「死ぬまでにカニをいっぱい食べたいなあ」63歳の夫の言葉を聞きながら36年間夫婦として過ごしてきました。 カニが大好きな夫とカニをむくのが苦手な私はいつもカニを伴う旅行が実現しませんでした。子供が幼い時は海の美しい小浜へよくテントをもって海水浴に来ました。浜辺にテントをたててたこやさざえを取る夫を子どもと水遊びしながら待っていたことも遠い思い出です。そして今回34歳になる息子が、私たちに カニをいっぱい食べられる旅を計画してくれました。 カニのむき方を1つ1つ丁寧に夫に教えてもらいながら生まれて初めて昨夜はカニみそを頂きました。「甘い!おいしいわ!」と、今まで食べなかったことを後悔しました。 これからの人生、又夫と仲良く、カニのように ゆっくり横につれそって歩いていきたいと思います。雪降りの若狭の旅もよい思い出になりました。



木下 建治 様 (85才)

 私、旅が好きで全国大温泉大ホテル等廻って来ましたが、三方五湖は良い処であるとは聞いていましたが、初めて伺って環境の良い処にとても驚きました。 静かな港で車の騒音など聞かず、船のポンポンの音が本当に癒されました。 風呂も温泉で良く、とろばこ亭の手料理も驚き楽しく頂きました。又来たいです。有難うございました。多くのお心使いを戴き感謝申し上げます。



ペンネーム ざくろ130 様 (大阪府 74才)

 若狭の四季を詠む。ここ数年、縁あって、良き友あって、年5回の割合で小浜を基点に従前以上に若狭の四季を愛でている。絵筆を持ち、俳句を詠んでいる。神社仏閣を訪ね、歴史をひもとき、ビギナーズラックを機に釣も楽しんでいる。今や原発の風評不安におののく若狭のサポーターと自認している。 ・初日燦 姿さらなり 若狭富士 ・陰陽の 里の廃屋 花の陰 ・青葉陰 秘仏憤怒の 馬頭観音 ・城跡に 栄華のよすが 小判草 ・白百合や 登美子に君を 重ねいし ・竹人形 なんじゃもんじゃの 花舞台 ・洞涼し 村人刻む 八百比丘尼 ・鯵求め 蘇洞門に舟を 任せゐる ・格子戸を 来て鍵曲り 酔芙蓉 ・鵜の瀬冴ゆ お水送りの 香を残し (任しるる→任せゐる ・うのせ→うのせ冴える)



ペンネーム 萌々香パパ 様 (大分 30才)

 「田舎だな〜」これから始まる若狭小浜での1ヶ月の生活に不安をおぼえた。しかし、自然あふれる小浜の魅力に、いつしか私は虜になった。きっかけは同僚から半ば強引に誘われた蘇洞門めぐり。大門・小門・夫婦亀岩など、人工的に造られたものではないことに驚いた。次々に目に飛び込んでくる自然の彫刻を前に私は、少年のようにはしゃぎながら夢中でカメラのシャッターを押し続けた。 その日以降、休みの日には、1ヶ月間お世話になった「心の宿 若杉」を拠点とし、時には歩いて、時には自転車で若狭小浜を巡り巡った。そして最後にたどり着いたのが箸のふるさと館だった。「世界にひとつしかないお箸を作ってみませんか?」店員さんの言葉に胸が高鳴る。気が付けば、家の台所にさえ立ったことのない私がエプロンを身に付け、妻と娘のために箸を研いでいた。出来上がったのは数分後、見た目も悪く、とても使いにくそうな箸になってしまった・・・。しかし家ではいつも口下手な分、この箸には二人への愛情を込めた。まもなくこの若狭小浜での生活も幕を閉じる。若狭小浜へ「ここには書ききれないほどの感動や思い出をありがとう。いつの日かまた必ず来ます!もちろん、妻と娘も一緒に連れて。」 これから私は二人の待つ九州へと帰る。妻と娘は見た目も悪く、使いにくそうなこの箸を喜んでくれるだろうか・・・。若狭小浜で作った、世界に一つしかないこの箸を。 最後に愛する二人へ。お金使いすぎちゃってごめんね。



濱 高公 様  (徳島県 74才)
 
立冬も過ぎ、若狭の空は暗雲が低く垂れ込めていた。このところ降り続いた雨は、この日も止むことがなかった。 この日訪ねた“三方五湖レインボーライン”の登り口付近では、冷たい雨の降るなかで数匹のサルたちが出迎えてくれた。餌でも探しているのだろうか。日本海は、岸辺に打ち寄せる波頭の白さが、厳しい冬の訪れを告げていた。周囲の山々は雨に煙り、遠くには紅葉も微かに望むことができた。気がつくと、天空には虹がかかっていた。この日の夕方、宿舎には早く着き暖かい出迎えを受けた。 三方湖岸の宿舎は窓辺近くにまで岸辺が迫り、夕暮れの湖面では沢山の水鳥が、羽を休めていた。時折、垂れ込めた雲の切れ間から夕日が顔を出し、日の光が対岸の民家の屋根に映えて、あたり一面を明るく照らし出していた。遠い昔、見たような風景である。それは、なぜか懐かしくも寂しく思える風景であった。 宿舎“虹岳島荘”に夕闇が迫り、軒先の“秘湯を守る会”の提灯に明かりがつく頃、宿泊客は温泉に浸り、宿舎の台所では年配の女性たちが夕餉の準備に追われていた。夕食時には、心温まる接待を受けた。そこには、“秘湯”を守ろうとする優しい女性たちの心意気が感じられた。床に就き夜更けて、湖岸に寄せる波の音を耳にし屋根をたたく雨音に目を覚ました。雨脚が次第に遠退くと、再び眠りにつき、快い夢路を辿った。 北国若狭路の旅は、厳しい冬の暮らしとそこに生きる人々の温かい人情に触れた心に残る旅であった。



ペンネーム Toshiちゃん 様  (京都市 55才)
 
 久しぶりに若狭路に来ました。 三方五湖を眺め、あらためて美しいと感動し、お昼はおいしい うなぎをいただき、午後からは、お寺めぐりをしました。小浜には、たくさんのお寺、仏像があり、大変興味深く、案内の方のお話を聞かせていただきました。 今日はとても寒かったので、今度はあたたかい時期に来たいと思います。宿について、すぐにあたたかいお風呂にゆったり入り、あたたかい部屋でおいしい食事をいただきました。魚料理がどれもおいしく、大変満足でした。



平田 建治 様  (60才)

 おもいでが有りすぎて、大変満足しております。体が疲れた時、心がやんでいる時など、自然の美しさ、神社、仏閣、食べ物、人情、総てにいやされます。年に1〜2回ふらっと来ますが、何時来てもいやされ、自分をとりもどし、元気になっている自分になります。 ありがとうございます。